神病潜霧譚カミガヤミヒソムキリノハナシ004D
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使うものの居なくなった管螺線を這い登ってきたその男を視て、私たちは言い様の知れぬ混乱に襲われた。
奇妙な旋律を口笛に吹きつつ、『街』が彼の為に開けた道を、場違いに軽やかな足取りで陽気に歩いていく男を、私たちは飾樹の陰に隠れるようにして、息を殺して見詰めていた。威鶴(イづる)が私の肩に指を食い込ませ、短く浅く息を切らしていること、彼が恐慌状態にあることが出て行って来訪者を迎えることを躊躇わせた。木の蔭を出て、異邦からの者と会話したとき、威鶴がどういう行動を取るかが分からなくて、私は結局、怖気づいてしまった。そして、男の『印象の欠落』も、私を充分に動揺させた。
男は結局、数秒と立たないうちに角の向こうに消えてしまい、私の肩を硬く握っていた威鶴の手は、その緊縛を緩めた。そして私は息をつき、自分が安心したことに気付く。生存の機会を逃してしまったのかもしれないのに。あの男が、生き残る最後のチャンスだったかもしれないのに。
息苦しくなって、飛び出して男の後を追いそうになったが、下半身を襲った激しい震えがそれを阻んだ。
背後の威鶴の手を掴み、私の身を抱えるように・・・彼が私を後ろから抱くような格好に、その手を回させる。威鶴は私を自分に押し付けるように掻き抱き、彼の心音が少しずつ落ち着いて行くのを私は聞いた。彼は御免、と囁き、私がそれに答えようとした瞬間。
「こんにちはーーっっぁ!!巍州高層区市民の皆様あーっ!」
私たちの体が跳ねた。
「聯合学界構成社団、学会連合曬謎府の派遣衞精業務員氏人芹と言いまーぁっす!!皆様の援けとなるため遣わされましたあぁーーっ!!」
いけない。あんな、『大声』を上げたら。
「聯合学界は事態の円滑な収拾の為皆様の手助けを必要としていまーーすっ!!!」
止め、なくては。
「皆様から頂く情報の一切は社団綱領に基づき真摯に取り扱わせていただき、第三者への漏洩は最大限の注意を持って予防をぉー、えぇ~、法的義務の範内において最大限の注意を持って取り扱わせていただきます!」
私は威鶴の手を振り切り、隠れ家から飛び出したが、震えもつれる足を律することは出来ず、盛大に転んだ。威鶴の悲鳴が響き、
『氏人芹』の演説が、止んだ。
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THEME : SF(少し不思議)自作小説
GENRE : 小説・文学